2014.02.02
松山・高松の旅①
少し前の話になりますが、年末に四国へ行ってきました。
1年の煩悩を落とすため、四国88か所巡りです。 というのは少し違い、確かにお寺も2か所程巡りましたが、
メインは、松山と高松です。 ちょうど年末の寒波が訪れていた時で、四国では珍しく山は雪が被っていました。
路面電車は、昭和レトロな雰囲気で旅情気分をかきたててなかなかいい雰囲気なのですが、
松山の路面電車はみかん色の古い電車が多く、旅行者には嬉しい感じです。
お約束の道後温泉です。
事前に、院長から「道後温泉に行くなら、一番高いが一番ゆっくりできる個室プランで行くべし」のアドバイスを受け、
言われた通り、個室プランで夫婦ともども湯を楽しんできました。 一人1500円也
院長曰く「道後温泉の向かいに地ビールがある。うまい。 飲むべし」のアドバイスを受け、飲んできました。
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他に、去年の年末にNHKの「坂の上の雲」のDVDを借りてよく見ていたので、
秋山兄弟の生家を見てきました。
明治時代は、海軍は薩摩出身者、陸軍は長州出身者が重用されていたはずなのに、何故松山出身者が
陸海ともにこれだけの重要な役職にいることができたのか。疑問に思っていたので、この記念館の学芸員さんに尋ねました。
松山藩はもともと幕府側で、討幕派とは敵側にあったそうです。その点では後の明治政府からはないがしろにされる所
だったはずですが、江戸城が落ちた頃に幕府側に方向転換。結果、巨額な賠償金を払うはめになりましたが、
或る程度の地位を確保できたらしいです。最後まで佐幕派で抵抗した会津とは仲が悪くなったとか、、、
(しかし、途中で寝返ったので、最後まで佐幕派で抵抗した、会津とはその後も仲が悪くなったとか、)
明治維新が始まってからは身分制度がない新しい世の中で、元々学業励行の雰囲気があったところ学業で出世した次第だ
そうです。 正岡子規も松山出身です。 とりあえず、なるほど!








